真珠湾攻撃は世界最高レベルの零戦と優秀なパイロットによる作戦
2020-10-19 カテゴリー:大東亜戦争Photo by Unknown author (licensed under CC0 1.0)
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真珠湾攻撃で行われた空母戦略
第一次世界大戦で初めて使用された航空機は、第二次世界大戦に於いても作戦能力は極めて限定的だと考えられていた。航行中の戦艦を攻撃するには的が小さく爆弾を命中させるにも難しく、航空機が戦艦を鎮めることは不可能だと考えられていた。
米国は事前に真珠湾攻撃を知っていたが、被害は最小限だと考えていた。それより日本が先制攻撃をさせることが重要であった。
真珠湾攻撃に使用された空母は6隻。航空機は350機である。空母の複数運用を行った国は無かった。理由は別々の船から飛行機が大量に飛び立てば空中衝突の危険が大きく常識では考えられない戦略であった。
戦闘機戦略を最大限進化した日本
日本は最も早く航空機の潜在力に注目していた。そのため世界最軽量の零戦を開発し、パイロットの訓練も何年越しで行っており、真珠湾攻撃の時には操縦技術は最高点に在った。
空母6隻から一斉に航空機が離陸し、1機も衝突することも無く空中で待ち合わせ真珠湾に一斉に向かう。その何倍も難しいのは攻撃を終えた第一陣が一糸乱れずに空母に次々と帰還し、入れ替わるように第二陣が離陸する。
突然現れた大量の航空機にアメリカは腰を抜かしたのである。一体この大量の飛行機はどこから飛んできたのかと。真珠湾攻撃の2日後にベトナム沖を航行中の英国東洋艦隊が零戦に沈められた。
寝室でこの報告を受けたチャーチルは硬直し暫くベットから起き上がれなかったと伝えられている。英国東洋艦隊の壊滅は英国のアジア支配の終了を意味する。