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陰影礼賛、和洋折衷の日本 大陸は文字を廃止し過去を破壊した 全く違う歴史へのアプローチ

2022-06-08  カテゴリー:日本文化

陰影礼賛、和洋折衷の日本 大陸は文字を廃止し過去を破壊した 全く違う歴史へのアプローチ

Photo by 森正洋デザイン研究所 (licensed under CC BY 3.0)

日本文化と陰影礼賛

日本文化について考える時に、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を思い出すことがある。中学校時代の国語の授業に、何やら難しい文章が登場し理解に苦しんだから記憶している。その文化が生まれた背景を知ることで日本文化の素晴らしさを再発見できるというような内容だった。

薄暗がりで美しい日本の漆器

日本の漆塗りの技術について、黒をベースとした日本の漆器は、電気が無い時代に、蝋燭などの薄暗がりの食卓において浮かび上がる器が、美しく映ることを追求したのが日本の漆塗りの技術であるということが説明されていた。

電球の光の中では黒い器は合わないのだろうか、白い皿やガラスのコップが珍重されるようになった。しかし蝋燭の明かりの薄暗がりの中で日本の器で食事をしたら美しいことに気づくというものだ。

日本人が目指したのは両立と調和

端的に言えば日本では和洋折衷という言葉がある。明治、大正時代に西洋文化が大量に流入するが、日本人は日本古来の文化との両立と調和に務めた。両立と調和による継承である。

福沢諭吉は西洋文化は流行り病のようなものだと表現した。それに抵抗してもその感染を防ぐことはできないのだから、それらを受け入れた上での考え方が必要だと説いた。

日本が両立と調和を求めたのは器や文化風習だけではなくそれらを伝える文字や文書についても同じだった。

大陸で行われたのは過去の否定

一方大陸で起ったことは様相が違うようだ。中国の文化大革命とは何だろうか。社会主義、共産主義を導入するにあたって、自らが誇って来た歴史的な中国文化を破壊する運動であったし、実際に文化財を破壊し、それらを守ってきた人々を惨殺した。

韓国では漢字を廃止

韓国ではどうだろうか。戦後独立国となってから1948年にハングル専用法により公文書をハングルで記すことが決定され、1970年には漢字廃止宣言がなされ、教科書から次々と漢字が消えて行った。ハングルを民族の文字とすることは問題はないように見えるが、漢字を廃止することで過去の文書を読むことができなくなったのだ。文字を廃止するという取り組みは日本人からすると理解不能だ。

簡体字の導入で過去が読めない

中国の文化大革命で導入された簡体字(簡素化し記号化した現在の漢字)についても同じ意味が在る。繁体字(旧来の漢字)を簡体字に置き換えることで、それ以降の学校教育を受けた人々は過去に繁体字で書かれた文書を読むことが出来なくなった。

現在繁体字を使用するのは日本、台湾、香港だ。文化大革命の影響を受けたかったことが原因となる。

過去の文書が読めなければ歴史も読めない

特に韓国で歴史認識があまりにも自由自在に変化するのは、過去の文書へのアプローチができないことも大きな原因だともいえる。

日本統治時代はもちろん、それ以前の文書は漢字で書かれており、それら一切を現代の韓国人は読むことができない。おそらく読もうという気すら無いだろう。歴史は既に文書の中に存在するものでは無いというのだろうか。

なんともアジア人として嘆かわしく情けないことだろうか。国民意識や文化とはそのような方法で醸成されるものだろうか。いずれも日本では考えられないことである。


古文、漢文を学ぶ日本

日本は過去の文字を活用し続け、万葉仮名とよばれた平仮名で音を補強し日本語の記述を発明した。

過去の文章も言い回しや形容詞が違ったりするのだから、日本の教育では古文や漢文を学び過去の文書を読もうとする。過去に生きた日本人の考え方や文化風習に触れる為である。

過去を焼却し歴史を作る大陸

そもそも大陸の歴史とは戦争により王が王を殺害し王朝交代が行われる。その際には過去の王朝が築いた多くのものは破壊され、悪い王を倒して良い王が君臨したという構図を作り出す。その際に「焚書」というものが行われる。前王朝時代の文書を燃やして破棄してしまうのだ。歴史の破壊と捏造は今に始まったことではないのだ。

日本の皇族は存続し続けた

日本の王朝は正に天皇家以外に存在せず、いかなる時代においても日本の皇族は守られ維持されて来た。日本人はいかなる社会の変化においても天皇家を廃止しようなどと考えたことも無かったのだ。その為2,682年間も天皇陛下を擁した日本が存在して来たことを知ることが出来るのだ。

つまり大陸における過去へのアプローチと、日本の過去へのアプローチは根底の部分から全く違うのだ。


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