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反則しても勝てば良い。スポーツの概念が違う国に期待してはいけない。

2023-09-30  カテゴリー:韓国

反則しても勝てば良い。スポーツの概念が違う国に期待してはいけない。

Photo by Waka77 (licensed under CC0 1.0)

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日本のスポーツは心身を鍛える

日本ではスポーツは心身を鍛える為に行うことに疑問は無く、あらゆる階層でもそれが求められる。その上で各競技の王者も人格的であることが期待されている為、勝者のインタビューについては日本人はとても気を使う。

そもそも体育とスポーツは別の意味

体育とは体を動かす運動を教育の一つとして取り入れ、体を鍛えるだけではなく精神や人格の向上を目指すと言う意味でスポーツとは区別される。スポーツは純粋にその競技や勝敗を楽しむものであるとされる。楽しむ為にはルールを守ることで生まれる公平性の中で初めて勝敗を楽しむことができる。スポーツマンシップとも表現される。

反則事情等の国

韓国が行うのは体育だろうかスポーツだろうかと考えると、残念ながらどちらも失敗しているように見える。スポーツに政治的な主張を持ち込んではならないとされていても我慢ができずに旭日旗に大騒ぎをしたり、領土主張を選手自身がフィールド内で行うことが英雄視される。勝つためには反則も厭わない。ルールは審判が見ているときに守るものだと考えているのだろうか。ここにスポーツマンシップという概念も無い。

代表が逆に粗暴になる国

一部の選手が行っていることだという反論を受けるかと思うが、相対的な数として韓国選手の反則は多すぎる。そして国際大会に出る選手がそれを行うと言うことだ。最初に書いたように日本では小学校から体育という概念でスポーツを捉えながら、上位選手となればなるほどその鍛錬を続けているということであり、国の代表として恥ずかしくない行動が求められる。国際大会に出るレベルになればそのような反則行為を行う選手はほぼ居ないと言ってよい。

スポーツの目的が根本的に違う

スポーツは大韓体育会という組織が全てを統括していると言うが、体育よりも反日活動に熱心なようで、その考え方は国際的にも相当かけ離れている。




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