【自虐史観】侵略国となった戦後日本と西洋史観 | 日本の歴史観を取り戻せ
2024-05-27 カテゴリー:日本Photo by AI made (licensed under CC0 1.0)
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GHQ史観とは
最近になって、日本のGHQ史観についての批判が公で言われるようになりました。かつては東京裁判史観という表現が在りましたが、日本のマスコミや教育現場でも左派傾向が強いために、一般的ではありませんでした。東京裁判史観とはあくまでも、一方的な国際軍事法廷で規定された侵略国という国際的なレッテルに対しての反論ですが、現在の動きは東京裁判の不公平さだけではなく、近年、アメリカ国内で機密情報としての期間が切れた、太平洋戦争にまつわる記録が公開され、公になることで、様々なことが分かって来たことも大きな理由かもしれません。GHQ史観というものは、東京裁判を含む、その後の信託統治時代に日本国内の教育や制度、法律など様々に至る視点となっています。
戦争に正義という概念を用いたアメリカ
ここにはアメリカ独特の構図の特徴があります。おそらく、正義の戦争という概念をここまで価値化させたのは、アメリカが最初ではないでしょうか。現在でもアメリカは戦争をする上で、もしくは戦争を支援する上で、この正義という言葉を多用します。つまり、この価値観はアメリカが正義であり、日本が不正義という前提の中で戦後がスタートしたということです。戦争に正義という考え方が成立するでしょうか。戦争は善悪ではなく、むしろ両国の正義に折り合いがつかなくなった。もしくは致命的に破綻した際に戦争が起きるわけですから、この段階で正義を言っても全く意味が無いでしょう。それでは戦争が終わっていずれかの国が勝利したとしましょう。そうすれば両国の正義に折り合いが付くでしょうか。そこには戦勝国と敗戦国が在るだけですから、やはり正義を言っても意味が無いでしょう。しかし日本はその教育を受けたのです。
戦後のみならず西洋史観を学ぶ日本
日本人は近代史のみならず、世界史全般について、西洋を中心とした価値観の歴史を学んでいますが、あまり疑問視されることはありません。そもそもヨーロッパとは一体なにかと考えると、モトモトはケルト人という先住民が暮らしていた土地であり、ユダヤ人やローマ人なども先住民にあたります。現在のイギリスや、ドイツやフランス、様々なヨーロッパ諸国は、ゲルマン民族が征服し、同化していった土地です。ゲルマン民族とは現在の中央アジアに居た民族で、フン族の拡大による圧迫を受けて、ヨーロッパ地域を占領して行きます。アングロサクソンや、フランク族、その他現在のヨーロッパ諸国の多くは、これらゲルマン民族の、各部族の国となっています。
西ヨーロッパは占領された土地
大きく分けて先住民族としては、ユダヤ人はすでにローマ帝国に国を奪われ、ローマ帝国はゲルマン人により滅ぼされます。スラブ民族は先住民族と言われ、その後のロシアを中心とした東欧諸国がそれにあたります。
つまりゲルマン人は、中央アジアからヨーロッパに侵略したのですが、何故かこれはゲルマン人の大移動と表現されます。移動しただけということです。結果的にケルト人はほぼ全てのエリアを失い、現在はアイルランドやスコットランドなどがケルト人の住む国となっています。収穫祭で有名なハロウィンはケルト人の祭りです。
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大航海時代は植民地時代と同義
大航海時代というのを聞いたことは有りますか?これはヨーロッパの海洋国家が16世紀半ばから、船を出して世界中を席巻して行くのですが、大航海時代と聞けば夢が在ります。しかしこれは、我々有色人種から見た場合、何百年も続く、植民地時代の始まりということになるでしょう。もしくはアフリカ人にとっては、暗黒の奴隷貿易の時代となっています。アメリカ大陸の発見は、この大航海時代の中で、華々しい発見のように言われます。コロンブスの卵の逸話を学校で習いませんでしたか?発想の転換が素晴らしい人物だったからこそ、アメリカ大陸を発見で来たかのような教材です。塩をテーブルの上に撒いて卵が立ったという、手品にもならない頓智のようなものは、現在ではYoutubeで様々なアイディアが毎日上がっているでしょう。このアメリカ大陸の発見は、先住民であるインディアンにとっては、大虐殺時代の始まりであり、19世紀末までに、先住民の約90%が消滅したとも言われ、ヒューストン大学の論文で、デビッドスタナードはこの先住民族はかつて約1億人居たと推計しています。
人種差別と闘う自由の国アメリカ
しかし、現在は世界のリーダーである自由の国アメリカが存在します。インディアンの大半を消滅させただけではなく、アフリカから黒人を奴隷として輸入し、現在でも人種差別の問題を抱えているようですが、立場としては、多くの民族が暮らす自由の国アメリカは、民族差別を世界から追放する、民主主義の国という宣伝を怠りません。
実際に彼らは様々な民族や文化についての研究や、アメリカ国内で多くの民族と共存していく歴史の中で、多くの知見を持っていることは事実であり、差別を無くして行こうという意識が高いことはその通りだとは思っても、彼らはかつては思いのままに、欲望のままにかなりヤバイことを繰り広げ、残酷な歴史を顧みながらも、突然正義の使者としての名乗りを上げるところがあります。
戦後歴史観を考える
GHQ史観というものに日本人が気づき始め、憲法改正の機運が高まり、日本が自律的な国家に向かって行くことは望ましいことですが、そもそもの話として、このヨーロッパの拡大政策、世界分割の政策の中に大東亜戦争が在ったという、もっと尺度を広げた見方をすれば、数百年に及ぶ地球規模の植民地政策に抵抗した唯一のアジアの国が日本でした。
ただし、この日本の戦争も正義の戦争であったと言い出すと、それではアメリカと同じになってしまうので、日本の国益ともリンクした中で行われた戦争であるという視点は必要です。ただ、当時西洋では、人種差別をしてわいけないという意識は全くなく、有色人種は奴隷にするか殺してしまえば良いと考えていた、西洋諸国と比べれば、当時の日本は精神性としてかなり彼らよりも進んでいたということは言えるでしょう。実際に日本は既に、国際社会に対して人種差別の撤廃を主張しており、大東亜共同宣言にもしっかりと記されています。そしてこれは西洋の植民地政策の経営実態と、日本の併合政策や植民地政策の内容とを比べてみたら明らかです。このようなことは、西洋人は絶対に認めたくない歴史かもしれません。
日本にはびこるのはGHQ史観だけではない
GHQ史観や、西洋史観という観点で見てみた場合、意外と分かりやすくなってきますが、日本が複雑なのは、この上に共産主義史観、中国史観、半島史観などに当たり前のように浸食されます。戦後日教組は共産主義者が多くをしめ、教育者として教鞭をふるって居たり、中国史観や半島史観についても、ありもしない、彼らが主張する創作歴史をあたかも、聞く必要があるかのごとく、左派マスコミが国民に垂れ流してきました。慰安婦問題などはいまだに収束する気配がありません。
このような問題は、日本が自らの歴史観を放棄した結果、言われるがままに過去はそうだったのかと、右へ左へ揺さぶられるような国になってしまったということでしょう。日本人は日本人の歴史観を取り戻していく必要があるでしょう。ただし、これはあくまでも歴史という学問上の取り組みとして行われるもので、隣国のように歴史自体を学問的アプローチではなく、政治問題化、外交問題化することを目的としている国と日本は違います。
歴史的なアプローチ
実際に西洋の歴史と日本の歴史は明らかに違い、日本から見れば西洋こそが侵略者であることになりますが、過去の歴史はさて置き、現在の国際社会で自由民主主義という価値観で、日本と最も近いのは欧米諸国となっています。実際にアジアで民主主義国家がいくつあるでしょうか。これらもやはり過去を、善悪という価値観で考えても答えは無く、現在における自由主義諸国の共有可能な正義を中心に考えるべきでしょう。
善悪論で戦争は終わらない
現在ロシアによるウクライナ侵略や、イスラエルとハマスの戦争についても、過剰に善悪論を展開する論調には疑問が在ります。戦争が始まっている以上、全く意味が在りません。世界の歴史を見る中で、善悪論で戦争が終わった実例はどこにもありません。
テレビのショーとしては、分かりやすく善と悪の構図に落とし込んだ方が視聴者は分かりやすくなり、熱狂しやすくなります。他国同士の戦争に感情移入して、自分達は正義の論陣の側にいると信じたいでしょう。しかし戦争中は情報も遮断され、実際に何が真実かを評価することは困難です。
破綻しないロシア経済
ロシアへの経済制裁が行われ、ロシアの経済はすぐに破綻するという論調が当初ありましたが、どうなったでしょうか?ロシアの経済は天然資源の輸出が主要産業で、EU諸国が顧客となっており、変わらず石油や天然ガスを輸入していれば主要産業は守られたままです。例えば工業製品のように、世界の技術競争の中で最先端を競っているような産業であれば、経済制裁を受けて資金繰りが苦しくなり、倒産して作れなくなれば、その後10年でも経過すれば再び参入しようとしても追いつけません。日本の半導体産業などがそうでしょう。しかし天然資源はそんなことはなく、劣化も、後退も、減少もしないのです。10年後に掘っても今掘っても、同じ品質の天然資源が採掘できるでしょう。つまりロシアの主要産業は無くならないのです。その上で、現在ロシアが占領したウクライナの地域は、ウクライナ領土の7.2%とされています。そして、ロシアへの経済制裁についての報道に、この広大な占領地から生まれるロシアの利益については全く言われることはありません。
占領政策による利益
占領状態のまま、戦争が終わった場合どうなるでしょうか。この地域は100年後も200年後もロシアのままでしょう。それでは、経済制裁は100年後も続いているでしょうか。つまり、占領政策というものはこのように、100年のスパンで考えれば最終的には経済的な利益となります。以前、竹島を韓国にあげたらいいと言った、現在国会議員をしている人が居ますが、全く意味が分かっていないようです。あの近海で魚1匹を韓国に水揚げされたら、日本は魚1匹分の金額の損失となります。これは毎日発生する損失となりますが、漁獲量で計算して、100年、200年と計算した場合一体いくらの利益を提供するつもりなのでしょうか。
ウクライナを見た場合も、竹島を見た場合も、実は正義などは全く無く、領土を守るのは軍事力以外には無いのです。これらを外交で取り返すことができるでしょうか。できていないという実績のみが日本にはあります。
二者択一という間違い
このように、善悪論を展開して戦争や紛争が終わるかのような発想は妄想に過ぎず、外交によって戦争がいかなる場合も回避できるという考えも妄想でしょう。外交が破綻した後に戦争が起きるのですから、これを外交で解決しようという考え方自体が破綻しています。
つまり、普通の国は外交と、軍事の両方を強化することが、国の責任となっています。日本の場合、いつも二者択一論を展開します。外交なのか軍事なのかという選択です。両方やれば良いのですが、そういった考え方が主流にはなりません。軍事のフェーズでは既に外交は機能せず、外交関係が機能している時は軍事のフェーズではありません。これを、どちらかを選べと迫ってくるのが、日本の主に野党勢力となっています。日本の政府は、外交だけをやっていれば良く、国を守るという責任をアメリカに担ってもらって来ただけで、アメリカが守らなかった竹島や北方領土は取られ、日米安保の範囲内という言葉だけでギリギリ尖閣諸島を維持しているの過ぎません。
国を実力で守ることを放棄せよという立候補者が国会議員に当選する国。不思議ではありませんか?